作物の栄養生理と養分吸収
水稲
1. 養分吸収
稲体を構成する無機成分には、窒素・リン酸・カリのほか、ケイ酸・石灰・苦土・硫黄があり、その他に鉄・マンガン等がわずかに含まれている。
水稲は、発芽して幼根が伸び出すとただちに養分吸収を始め、葉齢2.5~3.0葉期で胚乳中の窒素はほとんど消化され、その後は根からの吸収量が増す。生育が進むにつれて各成分の吸収量は増加し、窒素・リン酸・カリは、分げつや根の形成・伸長が盛んな生育中期に最大の吸収を示す。
ケイ酸とマンガンは、稲体が最大になる出穂の前頃に最も多く吸収され、窒素・リン酸・カリ・苦土など多くの無機成分は、大部分が出穂以前に吸収される。これは、出穂後に根の機能が低下するためと、土壌中の養分が吸いつくされるためである。
吸収した養分は、形態形成の素材に、また一部は生理的代謝に使われ、窒素やリン酸などは体内で再転流して繰返し利用される。これに対して石灰・ケイ酸・鉄などは体内であまり移動せず、生育に伴って必要量を生育後期まで根から吸収し続ける。
2. 養分の生理作用と施肥
- 窒素
窒素は、水稲の養分として最も重要で、生育や収量に大きな影響を与える。葉緑素の主成分であり、葉面積を大きくするとともに、光合成能力を増大させて、炭水化物の生成を多くする。しかし、過剰に施用すると過繁茂となり、受光態勢を劣化させるとともに、病害虫や風水害等に対しても弱くなり、かえって乾物生産を低下させるので注意する。
近年、米の食味が重要視されるようになり、玄米中のタンパク質含量の低減が求められている。窒素の施用はタンパク質含量に影響を及ぼすため、最近では実肥の施用は回避されている。 - リン酸
細胞核の成分に多く含まれ、細胞の分裂増殖に重要な役割をもち、生育の盛んな分げつ期に多く必要とされる。
デンプンやセルロースの合成にもなくてはならないものである。リン酸が不足すると、草丈が短かく、葉が細く、茎数が少なくなり、出穂成熟期が遅れ、吸収作用や光合成を低下させる。 - カリ
タンパク質の合成に必要で、窒素が多いほど必要量も多くなる。水稲の一生のうちで窒素含量が最も高い最高分げつ期と幼穂形成初期に、カリ欠乏がおきやすい。
カリが欠乏すると、下葉に含まれるカリが上葉に転送されるので、下葉に赤褐色の斑点が発生したり、根の活力が衰えるため、中間追肥や穂肥等にカリを含んだ肥料を施用する。 - 石灰
ペクチンと結合して、細胞壁の中葉を構成する重要な役割をもつほか、細胞分裂、増殖を正常に行うためにも必要とされる。
石灰は生育の初期から後期まで吸収され、いったん体内にはいると再移動しにくく、古い器官ほど含有量が多い。 - ケイ酸
根から吸われたケイ酸は、葉に転流されて表皮細胞に蓄積され、茎葉中に10~20%含まれている。葉の表面はケイ質化して硬くなり、いもち病菌やごま葉枯病菌の侵入を防ぐ役目をし、倒伏にも強くなる。
ケイ酸は、作土やかんがい水から多く供給されるが、生育が盛んな場合、稲体の吸収量も多くなるので補給が必要となる。 玄米を100kg生産するのに必要なケイ酸は約20kgといわれており、10a当たり500kgの収量を上げるには、10a当たり100kgのケイ酸が必要になる。本県では二毛作地域も多いことから、ケイ酸質肥料の施用は特に重要である。 - 苦土
葉緑素の構成成分である。欠乏すると、葉が黄化し、タンパク合成とケイ酸の吸収が少なくなって、ごま葉枯病やいもち病にかかりやすくなる。
苦土の吸収は、カリによって抑制される。
麦
1. 養分吸収
麦は、生育期間が長く、初期には気温も低く生育が緩慢であり、養分吸収は行われるもののその量は少ない。生育の盛んとなる節間伸長期かは、窒素が減少するとケイ酸が増加し、石灰が減少すれば苦土が増加する。硫黄が減少すれば苦土も減少する。苦土欠乏によるケイ酸の著しい減少で稈が弱くなり、倒伏しやすくなるため、バランスのとれた施肥が必要である。
麦は畑作物であり、無肥料栽培の場合、水稲より減収率が高い。肥料を施用すると、その成分は土壌に吸着された後、作物によって、次第に吸収される。この中には窒素のように比較的速効性のものから、苦土・リン酸のように遅効性のものまである。このため麦の養分要求時期に施用したのでは、気温が低く吸収速度が遅いため間にあわず、先に麦の根圏に近い所へ施用しておくことが大切である。一般的には播種時と分げつ期から幼穂形成期にかけて、基肥や追肥で施用する。
2. 養分の生理作用と施肥
- 窒素
麦の生育を左右する大きな要素であり、窒素が少ないと茎葉が淡い色となり、多いと濃緑色となって麦体は軟弱徒長となる。
一般に、追肥は窒素を施用するが、その施用時期は小麦の場合、茎立ち前までとされる。これは子実中のタンパク質含量を確保するためと粉色低下を回避するためにである。二条大麦の場合、原則として追肥はしない。これは窒素が分解してデンプンになるまでの期間が短く、子実中にタンパク質が多く蓄積され、醸造上好ましくないためである。
追肥の効果は、1.有効茎数の確保、2.一穂着粒数の増加、3.稔実歩合の向上などである。追肥の施用量は、播種様式や麦の生育状況により異るが、散播は条播に比べて20~30%増施するとともに、施肥むらが発生しないよう均一な施用を行う。
なお、水田等で稲わらをすき込んだほ場では、窒素飢餓防止のため基肥の窒素を10a当たり2~3kg増施するが、連続3年以上すき込んでいる場合には、窒素が有効化してくるので施肥量を減らすことが必要である。窒素施用量は播種様式により異るが、10a当たり基肥として5~8kgである。 - リン酸
リン酸は、細胞核の重要構成成分であり、麦は初期生育に要求し、また登熱時には子実タンパク質の構成に寄与する。リン酸は土壌中の作物根から出る根酸によって溶解され、作物に吸収される(水溶性リン酸として吸収の早いものもあるが)ため遅効的であり、早い時期(基肥)に施用しておくことが大切である。
リン酸の子実生産能力は高く、窒素・カリと比べて2倍近い。本県に多く分布する火山灰土壌(黒ボク土)では、施用したリン酸が土壌中の鉄・アルミニウムと結合し、リン酸鉄又はリン酸アルミニウムになって不活性化し、作物に吸収利用されにくくなるため、リン酸を有機物と併用したり、ある程度多量に施用して、可給態リン酸を富化しておくことが必要である。リン酸の施用量は、水田の場合10aあたり9~13kg、火山灰土壌の畑では10a当たり10~15kgが標準である。 - カリ
麦の全生育期間中必要であり、炭水化物の合成、移動、蓄積に役立ち、タンパク質の分解にも関係する。カリは、アンモニアと同じように土壌に吸着されるため、基肥に全量施用してよい。しかし塩基保持力の弱い土壌(畑、火山灰土壌)では、溶脱するので分施が必要である。カリの施用量は、10a当たり9~11kgが標準である。 - 石灰
カリと同様に、麦の全生育期間中必要であり、土壌の酸性矯正、同化物質の移動、タンパク質の合成に関与する。また、植物体内の有機酸を中和し、酵素と結合して細胞膜を強化し、根の発育を助長する。このため、適正なpH目標値(6.0~6.5)になるよう施用量を決定し、土壌改良を兼ねて播種前に施用する。石灰施用量は、苦土石灰で小麦10aの場合は当たり60~80kg、二条大麦の場合は10a当たり80~100kgが標準である。
大豆
1. 養分吸収
大豆は、根粒菌との共生によって空気中の窒素を吸収利用するが、他の養分については、一般の作物と同じように土壌中から吸収利用する。大豆の養分吸収量は、窒素が最も多く、次いでカリ・石灰・リン酸・苦土の順になる。特に、カリ及び石灰の吸収量は、イネ科作物よりもかなり多い。大豆はタンパン質の多い作物の一つで、子実中には約40%を含み、そのタンパク質を構成する窒素の約3分の2は、根粒菌によって固定されたものである。したがって、根粒菌の働きは、大豆の栽培上非常に重要である。
大豆の養分吸収は、窒素・リン酸・カリ・石灰・苦土ともに生育初期から開花期頃まで大差なく、継続的に吸収が行われるが、開花期頃から子実の肥大期にわたって急激に増加する。したがって、養分吸収は生育の全期間を通して行われるが、特に生育後期の吸収量が多いので、この点を考慮した土壌の環境づくりが大切である。また生育後期において、土壌の乾燥は大豆への水分の供給を絶つばかりでなく、養分吸収も抑制するので、十分な土壌水分の確保につとめることが大切であり、安定多収栽培技術の要点でもある。
2. 養分の生理作用と施肥
- 窒素
窒素吸収量の大半は、根粒菌によって固定されたもので、その利用は発芽後2週間頃から始まる。したがって、それまでの間の窒素は施肥によって補給する必要がある。一般に、窒素として10a当たり3kg程度が適量であるが、転換畑の初年目は、有機物の分解によって土壌の窒素が有効化してくる(乾土効果)ので、極端なやせ地を除いては20~30%減らし、作付年次が進むにしたがい窒素を増施することが必要である。また、平坦・中間地帯における晩播栽培では、栄養生長期間が短いので、生育初期から高い肥効を期待しなければならないため、速効性窒素を30~40%程度増施することが大切である。 - リン酸
大豆は、リン酸に敏感な作物で、リン酸吸収能力の大きい作物である。特に、生育初期のリン酸吸収は茎葉の増加に役立ち、開花期までのリン酸は子実の肥大に大きく影響するので、生育全期間にわたり十分吸収できるように心がける必要がある。リン酸の施用量は10a当たり8kg程度であるが、特に黒ボク土の畑土壌では50%程度増施する必要がある。 - カリ
一般に大豆のカリ吸収量は窒素に次いで多いが、根によるカリの吸収能力は弱いので、カリの少ない土壌ではカリ欠乏症の発生がよく見られる。また、苦土肥料などの過剰施用で土壌中の苦土含量の多い場合も、拮抗作用によるカリ欠乏の発生要因となるので、注意が必要である。カリの施用量は10a当たり8㎏程度が適量である。 - 土壌改良
大豆は、一般に土壌の酸性にはやや弱いとされており、他の作物と比べて石灰の吸収量が多い。石灰・苦土肥料施用による酸性の改良は、石灰・苦土成分の補給はもちろん、根粒菌の活動を旺盛にし、窒素の固定作用を助長させるので、土壌改良を常に心がけておく必要がある。施用量は、苦土石灰で10a当たり100kg程度であるが、土壌診断を行って、目標pH6.0~6.5相当の施用量とすることが必要である。
なお、転換畑においては、作付年数が経過するにしたがい土壌の酸性化が進むので、土壌診断により苦土・石灰などの補給に心がけることが大切である。しかし、苦土の多量施用はカリ欠乏の要因となるので、必要以上の施用はさけなければならない。
基肥や土壌改良資材などは、直接種子に触れると肥焼けを起すので、耕うん整地前に全面散布する。 - 有機物
有機物施用にあたっては、特に次の点に留意する必要がある。
(ア) 大豆播種前の有機物施用は、タネバエの発生源となるので極力さける。
(イ) 麦+大豆二毛作の場合には、裏作麦を重点に秋期施用する。野菜などの後作に作付する場合にも、前作重点に施用する。
(ウ) 山間・高冷地帯で単作する場合には、少なくとも1か月前に施用するようにつとめる。
(エ) 麦+大豆作において、麦稈をすき込む場合には、基肥の窒素成分を20~30%増施する必要がある。